マスクのこと
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赤ちゃんのおもちゃというのは、気休めに過ぎないものだと思い込んできた。
すくなくとも、赤ちゃんにとっての喜びであると信じていた。
入浴はまず妻が風呂に入り、後から父子で入る順番になっている。
妻が風呂に入っている間、息子がおとなしくしてくれる事もあるが、泣いていることもある。
息子が泣き出すと、妻でなければ泣き止ませることが出来ない。
すなわち、風呂に入るまで、息子は泣きっぱなしだ。
ところが、今日、泣きそうになったので、ガラガラを息子の目の前で振ってみたところ、泣き出すのを中断して、ガラガラに注目してくれるではないか。
あまつさえ、ガラガラを手に持って遊びだしてくれた。
おもちゃってすごいなと思った瞬間。
世の中の親たちが、競って子供におもちゃを与える理由の一端を垣間見た気がした。
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芸能人が離婚すると、「子供の養育費が・・・」と言い出したりするが、あれは不思議だ。
それまでにも「教育費がかかってしょうがない」と言う話をしていた人が、離婚したので「養育費がかかる」というのは、理解できる。
養育費と教育費は、経済合理性からしたら同等なはずだから、離婚してから急に養育費の事を言い出すというのは、それまで、子供に費用をかけていなかったということなのだろうか。
夫婦は話し合って合意の上に離婚するからお互い様だとしても、子供がいれば、子供の犠牲の上に離婚は成り立っているわけで、たとえギャグだとしても、さらに負担をかけるような言動は慎むべきではないかと思う。
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節分の時期になると、胸が躍る。
なぜならば、福豆が出回る季節だからだ。
硬くて消化に悪いものだと思うのだが、好物なのでしょうがない。
数でいえば、「仙人か!」というくらいの福豆を、この時期に集中して食べている。
重さでいえば1日で60グラムくらい。
重さだと大したことはない。
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任天堂のWiiがヒットした原因には、いろいろ言われているが、まず大画面テレビの普及が揚げられるのではないかと思う。
Wiiを15インチの画面で遊ぶ気には、なりにくいだろう。
だから、シャープによる大画面液晶テレビの一般化があってこそ、Wiiのヒットがあるのだろうと思う。Wiiがヒットしてからは、逆にWiiをしたいから、大画面テレビに切り替える人もいると思うが。
しかし、一方で、昨今、テレビをあまり見なくなったような気がする。テレビ番組に面白いと感じるものが少なくなったことが、テレビを見なくなったと感じる原因だ。
テレビを見なくなって考えるのは、利用時間が短いのに、大画面のテレビが果たして必要なのかと言うことだ。
このままでは大画面テレビは、場所ふさぎにしかすぎないものになりはしないか。
大画面テレビが今後も必要とされるには、テレビというものの使い方を変えねばならないのではないだろうか。
たとえば、ボタンが増えすぎた現在のリモコンは、Wiiのように、離れたところから画面を指し示すことができるポインタ型に変わっていく必然性があるように思われる。
地上デジタルテレビで視聴者参加型の番組が作れるといっても、4色のボタンは他のボタンに埋没している。
操作方法を変えることで、テレビは引き続きマスコミの主要な媒体としての位置を維持し続けることが出来るに違いない。
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テレビゲームで、キャラクタにつけられるスキルがあるだろう。
もしも、現実にそんなスキルがあったら、間違いなく「ステルス化」のスキルを持っている。
そんな自信がある。
今日も社食で昼食を取っていたら、見ず知らずの人が何も言わずに同じテーブルに座ってきた。
そのとき、社食は空いていて、他に空きテーブルもちらほらとあったのに、である。
きっと、存在感が希薄なために先客がいることに気が付かなかったのだろう。
まだ、食事の蓋を取っていなかったので、怪しまれないようにそっと席を離れて、別の席に移る。
存在感が薄すぎて、実体化を続けることが出来ずに、魂だけが肉体から抜け出ているのかだろうか。もしかして、向こうが透けて見えているのかもしれない。
しかも、こんなことは初めてではなく、社食では2回目だし、外食でもジョナサンやサイゼリヤで同じ目に遭ったこともある。
学生時代から、そこにいるのに、よく名前を呼ばれる存在だった。
この能力は、きっと何かに役に立つと思うので、これからも磨きをかけて”生きたい”。
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子供とは、少なくとも日本においては、布団を蹴飛ばすものであると思っている。
息子も布団を蹴飛ばすのだが、どうやら、遊びというか、コミュニケーションの手段として、布団を蹴飛ばしているようだ。
日中、寝かせてひざ掛けをかぶせていると、ひざ掛けを蹴飛ばしてから「あー」と自己主張する。気がついて、ひざ掛けをかけてやると、また蹴飛ばし始めるのだが、注目が欲しいから蹴飛ばしているように思えてならない。
その証拠にひざ掛けをかけてやると、少しうれしそうだ。
夜の布団は蹴飛ばそうとしても、まだ跳ね除けられないので、彼自身が回転して布団の外に出ている。
寝返りすら出来ない息子が布団の外にいると、目覚めたときにぎょっとさせられる。
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生後100日を過ぎたら、「お食い初め」という儀式がやってくる。
1ヶ月目のときの「お宮参り」で、神社から、お食い初め用の食器をいただいたので、ささやかなながら、「お食い初め」をやってみた。
一汁三菜が基本で、そのうち一菜は尾頭付きで祝うものらしい。
身の丈にあわせて、秋刀魚か鯵でさらっと終わらせるつもりだったが、カミさんの実家から歯固めの石と鯛が届けられた。
息子の身長の半分はあろうかという鯛で、台所のグリルにはもちろん入らない。
カミさんが息子の面倒を見ながら、鱗と内臓を取って、ヘルシオに何とか押し込んで焼いてくれた。それと煮物いろいろと蛤のお吸い物。
息子はまだまだ何も食べられないので、食べさせるふりをした後、大人二人で美味しくいただきました。
鯛は、一晩で食べきれないので、翌日、鯛めしになりました。
お食い初めは、息子はあまり主人公ではなかったかもしれない。
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ここしばらく、悪夢の話を書かないので、悪夢を見なくなったと思っている読者の方もいるだろう。
そうではなく、気がついたら、ここ2ヶ月毎晩悪夢しか見てないのである。
もはや、悪夢が日常。
というわけで、久しぶりに楽しい夢を見たので、書かせていただく。
「本屋に行って、たっぷりと時間をかけて、自分の買いたい本を、置き場所を気にすることなく、5冊も買っちゃいました。」
これが、数ヶ月ぶりに見た楽しい夢のすべてである。
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「けろっとスイッチ」というのがある。
このボタンを押して流れるメロディを聴くと、赤ちゃんが泣き止むというのである。
うそくさい。
出産祝いに「けろっとスイッチ」をいただいたので、だまされたと思って使ってみたら、驚いた。これが”効く”のである。
流れてくるのは、「ブンブンブン」のメロディだが、ぜんまいの音やラッパや、要するにチンドン屋のような、とても泣いている赤ちゃんがおとなしくなるとは思えないものである。
これを泣いている息子の耳元で鳴らすと、息子はメロディに耳を澄ますようにして泣き止むのである。
これまで、「けろっとスイッチ」で泣き止まなかったのは1度しかない。
すごいではないか、と思われるだろう。
だが、メロディが終わると「そうだ、泣いている最中だったんだ」とばかりに、息子は再び泣き始めるのだ。
「けろっとスイッチ」は”効く”が、あまり効果はない。
ただし、けろっと泣き止む様子は、一度は見ておきたい光景である。
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揺りかごなんて、当初は要らないと思っていた。
しかし、泣くたびに抱き上げているうちに、カミさんが腱鞘炎になってしまった。
揺りかごで少しでも腱鞘炎を軽減できるならばということで、購入を考えたのである。
抱っこ紐とのつながりというわけでもないが、実際に使っている人の意見を聞いてビョルンのバウンサーを買った。
赤ちゃん用品は、赤ちゃんとの個性とのマッチングがあるが、息子は気に入ったらしい。
世の中にはモーターで前後に動く揺りかごもあるらしいが、ビョルンのバウンサーは、赤ちゃん自身が動くことで前後にゆれる。
このゆれ具合が、息子には楽しいらしい。
もちろん、バウンサーが万能ではないが、機嫌がよいときにバウンサーに乗せて、機嫌を悪くすることはない。(息子は布団に寝かせると結構な確率で機嫌を悪くする)
バウンサーの利点は、もう一つある。
軽いという点だ。
腱鞘炎に悩むカミさんが運べないような重さでは困るのだが、片手で簡単に運べる。
また、たたむこともできるので、実家に帰るときも持参が可能で重宝した。
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最初に買った抱っこ紐は、赤ちゃん本舗の売れ行き1位のものだった。
横抱きも縦抱きもおんぶも出来る優れものだ。
ところが、周辺の先輩母親たちは、それを買い換えているという。
たしかに首が据わってきて横抱きを卒業するところで、縦抱きに切り替えるところが困難だった。
7キロ近い赤ん坊を紐にセットして抱えながら背中でホックをセットするのが、年齢により柔軟性を失った体には辛いのである。
そこで、抱っこ紐を買いなおすことにした。
買いなおしたのはビョルン製の抱っこ紐である。
これは縦抱き専用なのだが、紐と赤ちゃんの体を支える部分が分離するので、抱きやすい。
また、縦抱きで赤ちゃんとの密着度が高いので、赤ちゃんが安心しやすい利点もある。
紐の長さの調節も簡単で、父親・母親で共用しても、何の面倒も無く、買いなおしてよかったと思う。
ただし、ビョルンの抱っこ紐にも弱点がある。
抱く人は、たって歩いていることを前提にしているため、電車やバスで抱いたまま席に座ることが出来ないということである。赤ちゃんの足が抱いている人の太ももと抱っこ紐との間に挟まってしまい、赤ちゃんが泣き出してしまう。
せっかく席を譲っていただいても、座ることが出来ないので、譲っていただいた方にも、大変に申し訳ないことである。
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